北海道日帰り温泉の旅
平成26年1月19日
January 19, 2014
冬の美瑛町俵真布
上川神社境内社旭川天満宮鎮座祭の一切の費用を負担し上川神社に顕顕彰碑の建てられている福多仲蔵翁が開拓に入った下俵真布の光景です。俵真布開基七十年の碑には
俵真布開基七十年の碑には「美瑛辺別御料地面積六〇〇町帝室林野局は農地として貸付すべく人選、該当者百五十名入植許可さる時正に大正二年三月一日、地名を俵真布と
改む」とあります。
俵真布市街地?手前の俵真布神社です。元々は上俵真布神社社殿であったものを移築したもののようです。現在は廃村となっている上俵真布に繁栄の時期
があった記念碑とも言えるのではないでしょうか
この時期上俵真布へは交通止めとなっていました
上俵真布に駅逓が設けられていた時代、現在その殆どが忠別ダムの湖底に沈んだ美瑛町忠別地区から徒歩で山越えをして買い物にやってきたと言います。
現在は全面舗装の道路が開通していますが、町の住民皆無となった旧忠別地区へは冬季通行止めとなっています
凡そ七か月間の通行止めとなっていました
俵真布最奥部から見た光景です。上俵真布は戦後開拓集落として再出発昭和40年には上俵真布全戸離農で廃村となり、その後俵真布奥
が最も奥地となり離農が加速されたものでしょえか
俵真布は高原野菜の栽培などで意欲的な農家も多いようで地域が荒れ果てている感じはありませんが離農跡と思われる家屋は多く見受けられます
旧俵真布小学校
こちらは宇莫別への道路ですが、こちらも冬期閉鎖となっていました
朗根内地区
朗根内地区では冬期間用水路工事が実施されていましたが、クローラキャリアがありました
俵真布側から見た朗根内集落
俵真布側から見た朗根内集落