北海道日帰り温泉の旅 

平成 24 年8月5日

August 5, 2012



遠軽町白滝    白瀧神社と開 基65年、開村30周年記念拓魂の碑

大正二年二股市街の有志が中心となり、白滝原野 1868番地に二股神社を建立。

その後大正六年の山林大火災で上支湧別神社、支湧別神社とともに焼失白滝

原野1605番地に再建、呼名白滝神社と変更されるも創建時の記録も焼失。昭和

35年西区旭台に移転新築。昭 和四十三年火災で再び焼失し再建、奥白滝神社

を合祀。祭神 天照皇大神。

白瀧神社は「及川神社」とよばれていたとも白滝在住者にお聞きしましたが、

そ の呼 名の由来は不明です。


本殿神額と建設記念碑では「白滝神社」となっていますが、鳥居の神額では

「白瀧神社」です。どちらを用いても間違いではないようですがここはネット

上の大勢に従い「白瀧神社」としました。


 


白瀧神社の忠魂碑

陸軍大将井上幾太郎書とありま す。昭和十二年二月に帝国在郷軍人会会長に就任していますので、在郷軍人会支部の
建立とすれば、そのトップから揮毫をいただいたことになります。


 

 

 


 



白滝村開基六十五年開村三十周 年拓魂碑

白滝村の歩み

明治四十五年三月紀州団体五十 四戸白滝上白滝に入地。

大正二年三月秋田館合団体十四 戸支湧別へ入地。四月秋田稲庭団体十一戸支湧別へ入地。福島 団体 奥白滝へ入地。十月奈良団体十一戸支湧別へ入地。

三年二月山形団体十五戸奥白滝 へ入地。三月福島団体十五戸奥白滝へ入地。長野団体十戸上支 湧別 へ入地。

八年四月一日上湧別村から遠軽 村分村白滝は、遠軽村の行政下となる。

昭和四年八月丸瀬布 白滝間鉄 道開通。

昭和七年八月石北線全線開通。

九年三月支湧別川向開拓移住民 仁十四戸入地。

十一年三月天狗沢移住民三十三 戸入地。

十二年三月支湧別五線沢開拓移 住民二十戸入地。

などの記述があります。


 


遠軽町白 滝    白滝神社と開基65年、 開村30周年記念拓魂の碑

遠軽 町上白滝   上白滝神社

遠軽町白滝上支湧別 上支湧別神社

遠軽 町白 滝上 支湧別 馬頭観世音碑

遠軽町白滝支湧別 支湧別神社跡

遠軽町旧白滝 旧白滝小学校跡と旧白滝神社

遠軽町下白滝 水神神社

白滝市街から協 和牧場、白滝高原キャンプ場に向かう途中眼に入った 原田 安五郎翁頌徳碑 と接してい
るお宅が下記二つの施設と思われますが、個人住居でもあるようですので、掲載はしていません。

遠軽町白滝北支湧別   日本神宮派御嶽 神社

遠軽町白滝北 支湧別   御嶽教豊受教会

高台神 社は大正7年の建立とのことですが、天狗平に開拓民が入植したのが昭和11年とのことですから、
どなたの建立か興味のあるところですが、現存していないようです。また奥白滝神社の、ちとかに神社
に至っては意味不明、跡地と思われる古地図には地図記号の神社が示されていたり、寺院が示されてい
たりと不思議があります。いずれも正確な跡地らしい跡地は見受けられません。

遠軽町白滝天 狗平  高台神社(天狗平神社)

遠軽町奥白滝  奥白滝神社(千蔵華爾ちとかに神社)



石北本線  白滝駅


 

 

 

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