北海道日帰り温泉の旅

 

 

 

平成28年12月10日

December 10, 2016

 

美瑛町沼崎 沼崎川沿い

 

全町で死者55人を出した大正4年の大洪水で下宇莫別は溺死者48名と最も大きな被害が出ていますが、石原と化した土地に見切りをつ

けた被災者は宇莫別川の支流沼崎川を遡った地、沼崎、そして新区画に新たな農業の土地を見つけ転住しています。

 

このあたりは明治地区と思われますが、狭い川沿いの土地は水田として拓かれたようです。真っ黒な麦(ばっかり)飯は覚悟と慣れと空腹がなければ

なかなかのどを通らなかったと言います。用水が確保できる地はどこでも稲作が試みられたのでしょう。現在は丘の畑作に重点が移り、定住する

農家はほぼ皆無となっています。戦後しばらくは沼崎川沿いに澱粉工場もあったとのことで、探索してみましたが、未だその痕跡を発見す

ることは出来ていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美瑛町沼崎 沼崎神社

美瑛町明治から沼崎にかけての花

美瑛町美馬牛 沼崎農場の名が付された踏切

美瑛町沼崎 セイヨウテマリカンボク

美瑛町沼崎 マムシグサ

美瑛町 美馬牛駅前 沼崎重平翁彰徳碑

 

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