北海道日帰り温泉の旅
平成25年8月15日
August 15, 2013
旭川市東旭川町米原の地神碑
旭川第一小学校から豊田方面に僅かに進んだ場所に二つの地神碑が建立されています。こちらは戦後間もなくの建立で、第四部落から第七部落
までの方たちが建立したと記されている地神碑で、昭和十一年九月の行啓記念地神碑より基礎などは簡素になっています。
昭和二十一年九月二十一日
第一連合会
奉納
第四部落会
第五部落会
第六部落会
第七部落会
現在では想像も出来ないほどの農家戸数と人々がいたのでしょう。天皇の人間宣言、第1次農地改革実施などの時代です
東旭川町豊田、米原、瑞穂3地区(旧ペーパン地区)の神社
屯田兵の入植した、永山、当麻、東旭川の広大な平地と比ペーパン地区は米飯川上流に上るにつれ沢幅は狭まり、山深くなる決して農業好適地とは言えない土地柄です。
強力な指導者のもと入植した福島団体は日々の食事にも困窮する中にあって堂々「旭川第一小学校」として引き継がれる小学校と地域神社としては格段に荘厳な太田神社
を建て「福島踊り」などにその文化が伝えられています。
下南部、上南部と呼ばれる米飯川沿いから外れた地域には主として岩手団体が入植し、困難な開拓に従事したようです。伝えられるものは多くはありませんが、山神様の碑
米原(下南部)八幡神社の湧水と溜池など開拓の歴史を偲ばせる跡が現在も大切に守られています
旭川市東旭川米原 北海道農民組合運動発祥地の碑 拓きし路の碑 拓魂を継ぐの碑