北海道日帰り温泉の旅

 

 

 

平成26年8月17日

August 17, 2014

 

旭川市愛宕墓地 陸軍少将加藤建夫の墓

 

中央が、陸軍少将従四位勲三等功二級加藤建夫の墓です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤家の墓裏面には兄加藤加藤農夫也の名が記されていました。

「陸軍砲兵少尉正八位加藤加藤農夫也 大正九年一月十一日没」

兄は陸軍士官学校を優等で卒業した逸材だったが、陸軍砲工学校在学中の陸軍時代に、流行性感冒で早逝しているそうです。

父は日露戦争に軍曹として従軍、奉天会戦にて戦死するも金鵄勲章を受勲し曹長となったとのことですから、軍人一家だった

のですね、

 

 

 

 

 

こちらは名もない戦没者のお墓です。

陸軍歩兵一等卒勲八等中川浅吉墓と記されています。

旭川上兵村入植者名簿には「明治25年 上兵村 香川県出身」とあります。

日清戦争では、戦地に赴くことなく復員していますので、明治37年若しくは明治38年の日露戦争旅順包囲戦、奉天会戦での戦没と思われます。

ちなみに旭川市東旭川町上旭正 金刀比羅神社の桜心碑は「勲七等功七級故中川吉三郎の碑」です。一族の方だったりしないでしょうか。

 

 

 

お地蔵様もお一人転倒していました。

お地蔵様は亡き子供の墓票替わりになっています。

もう一つの墓石には法名「釈勝界信士」です。中川浅吉さんの父上でしょうか。

 

 

 

 

 

「陸軍少将加藤建夫の墓」と違い墓参の訪れもない、名もない戦没者に合掌して今回の調査を終了しました。

 

 

 

旭川市東旭川 旭川神社

旭川市東旭川町上旭正 金刀比羅神社本殿となっている奉安殿

 

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