北海道日帰り温泉の旅
平成26 年6月29日
June 29, 2014
美瑛町白 金 白金不動の滝の馬頭観世音と大山神
明治四十二年に丸 谷温泉が望岳台付近に開業したころ、丸谷吉之助 が、不動尊を安置し霊的な場所として人々 から注目された歴史の古い白金不動の滝です。
滝の左手にある馬 頭観世音と大山神は筆者にはどうにも場所柄、違和感を覚えていたのですが、美瑛町郷土資料「続祭りと祈り」に由来が記されて いました。
元霧多布の人太田 順妙尼により創立された広妙教会の人々が白金街道から不動の滝までを開発。太田家が終戦後平和郷の開拓に従事した縁で、元の 師団山
平和郷にあったも のを移設したとのことです。
陸軍第七師団演習 地でのお勤めを終えて、このようなところに再就職していたんですね。
馬頭観世音と大山 神そして今回由来は判明しませんでしたがもう一基の碑が白金不動の滝の霊気を最も受けるであろう場所に据えられています。
白金街道沿いの「白金滝不動 尊」の碑は順妙教会の人達による路開削の際建立されたものと思われます。
白金の滝不動尊の 石碑には広妙教会太田順妙の名が見えます。水野廣は広妙教会総代の名のようです。
「大正十三年十一 月」「犬伏和平」の文字が読み取れます。
大正十五年五月二 十四日の爆発では十勝岳望岳台にあった「丸谷温泉」を第一回爆発の午後〇時十一分頃による熱泥によって一瞬にして破壊流失し ています。
現在の白金温泉付 近にあった畠山温泉もこのときの泥流に経営者泊り客ともに飲み込まれて泥流は美瑛市街地にまで押し寄せています。
犬伏和平の手水鉢
にはどのような歴史を辿ったものでしょうか。
美瑛町教育委員会「続祭りと祈り」によれば、犬伏和平は、赤羽、明治、藤井農場等開拓
の大親分で、開墾の大功労者大正初期に建立された藤井神社
創立者の一人、藤井神社は昭和21年9月置杵牛神社と合併しているからその時に白金に運んで置かれたと思われる。」と記
載されています。
2021.07.05 追記
仕事でお世話になった兄貴分で札幌市在住の米谷裕将さんから、定年後四国八十八か所の巡礼を終えたとの電話を受
け、それではと
再編集に取り組みました。