北海道日帰り温泉の旅

 

 

 

 

 

平成24年11月23日

November 23, 2012

 

当麻町 当麻神社

旭川近郊の屯田兵によって拓かれた町の神社としては最もその色彩の薄い感じを受けます。当麻町民の気質としては、解放的と言われている北海道民の中で

やや閉鎖的と聞いたことがありますが、屯田兵による開拓以来、純農村として真っ直ぐに歩んできた歴史が形作っているのでしょうか。昭和27年講和条約締結、

主権回復記念として現在地に社殿造営、昭和32年に移転遷座となっており歴史の痕跡はやや少ないように思われました。

 

丁度新嘗祭の行われている11月23日の訪問ですので、駐車場はほぼ満車でした。

 

 

 

 

大鳥居から続く参道の正面には忠魂碑が眼に飛び込んできます。

 

 

 

 

 

もう一方の参道は神社正面に向かいますが、一般的には神社横の社務所の入り口が利用されているようです。

 

 

 

 

「大正八年七月」と彫られています。

 

屯田兵入植者名簿に記載のある方の氏名、おそらく子息であろう方の氏名も見えます。

 

 

 

 

 

 

 

忠魂碑

碑というだけでなく、実際に納骨されているのでしょうか。

 

 

 

 

屯田兵入植者名簿にある名前がここにもありました。

悲惨な歴史も経験しながら今日が築かれているのはこの時代の北海道開拓農民に共通しているのですね。

日清日露戦役、シベリア出兵、満州事変、日華事変、太平洋戦争で戦没された方々の氏名が刻まれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉妙見宮

 

 

大山祗宮

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守当麻神社由緒記には次のようにあります

祭神 

八幡大神

天照皇大神

春日大神

明治二十六年 全国十九県より四百戸の屯田兵が入植し開拓が始められた

明治二十九年 旧神社山に社殿を造営 表記三柱の大神を鎮斎 郷土開拓

の守護と氏子の平安を記念し 鎮座祭を執行したるに始まる

明治四十一年北海道長官より公認神社として認可され社格は「無格社」であった

大正三年社殿の大増築 境内の整備が行われ「村社」に昇格

大正十三年開村三十周年に当たり さらに社殿の大改築を行う

昭和三年「郷社」に昇格

昭和二十七年 日米講和条約締結を記念し造営奉賛会を結成 柏ケ丘に新社殿を造営

遷座祭の重儀が斎行され今日にいたる

平成三年六月吉日建之

 

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月23日は勤労感謝の日とされているが、実は新嘗祭の日だったのですね。

 

 

 

神社横の道路正面には当麻町開拓記念碑が望めるようになっています。しかも中学校横の道です。

 

 

 

 

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