北海道日帰り温泉の旅

 

平成24年8月19日(令和4年再編集)

August 19, 2012

 

美瑛町置杵牛開拓百年記念碑と旧置杵牛小学校

丘の町美瑛と言いながら実は丘の開発が進んだのはごく近年のことで
町の中心部の比較的広大な原野を除けば大雪連峰から流れ出る数本の
川沿いに入植がなされ、開発は平面的な広がりではなく放射状にかつ
直線的なものであったようです。

 美瑛川、辺別川、宇莫別川そして置杵牛川の川沿いが美瑛の主要な稲作
地帯となっています



置杵牛開拓百年記念碑 旧置杵牛小学校の入り口部分に建てられています

 

旧置杵牛小学校

 

碑文
明治37年 未開の地オキキニウシに児島正次郎 乙次郎兄弟が中心
となって農場をひらき開拓がはじまって以来 おおくの人達の手に
よって農地を広げ緑豊かな農村を作り上げてきた尊い人間愛で子
弟を養育し 夏は野良に働き 冬は山林労働で生計を守った勤労と
たゆまぬ努力の上に ふるさと置杵牛の今がある 四季折々に見せ
る鮮烈な彩の中にわたしたちは学び育まれてきたことに感謝し先
人の築いた多くの富を受け継ぎ 豊かな理想郷づくりに邁進する
ことを誓う

平成16年11月21日

置き杵牛開基100周年記念協賛会
会長 安藤純一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦後急速に消えていった二宮金次郎像ですが
美瑛町の小学校跡には現在でも多くの立派な
像があります。この像もこの地から大学に進
み経済界で活躍した先輩が寄贈されたものの
ようです。

 

  

 

美瑛町の図書館に「置杵牛の草花」をまとめた小冊子
がありました。父兄と先生が協力して作ったものでし
た 地域の文化の発信地でもあった学校が無くなるのは
住民にはつらい選択であったのも間違いないところで
しょう

 

旧置杵牛小学校付近

 

美瑛町開拓の最初の鍬が入れられた旭から戦後開拓の歴史を持つ美瑛町の五稜へ

美瑛町 置杵牛開拓百年記念碑 旧置杵牛小学校

美瑛町 下宇莫別 本勝寺の洪水殉難者追悼碑

旭川市 旧就実小学校と就実開拓記念碑 美瑛町 横牛開拓百年碑

 

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