北海道日帰り温泉の旅
平成25年7月14日
July 14, 2013
上川町旧チカリベツ拓殖地跡 中越尋常小学校跡地
旧中越三十六番地 上川町立中越小学校跡
チカリベツ拓殖地は現在の上川国道沿い旧中越駅よりやや上川町寄りの知刈別川を遡上した地点に あったようです。現在は林道があるほか、一 帯は完全に自然に還っており開拓の痕跡はほぼ皆無となっています。
上川町の資料には「上川町の平坦地の開拓は、明 治初期に始まり、稲作、畑作を中心とした農業が営まれ定着した。高台地も明治後期には 開拓され、一度は農業が取り組まれたが、気象条件の厳しさ
により離農が相次ぎ、昭和初期になって酪農、肉 用牛の畜産経営が行われることとなった。」とありますが、チカリベツ拓殖地は標高の高 さばかりでなく沢あいの狭小な耕地しか 得られない条件ですから
さすがに発展は難しかったのでしょう。
旧チカリベツ拓殖地に向かう林道入り口にはニセ イカウシュツペ登山口の案内板が設置されていました
石北本線 旧中越駅にある第二次中越官設駅逓所跡の碑には大正七年チカリベツ拓殖地入り口に移転さとあり ますから、この地が中越の中心となりつつあった時期もあるのでしょう
開発局の中越雨量観測所が林道入り口に設けられています。勿論無人です
高速道路をアンダーパスでくぐり林道に入りますが、後は全くの森林地帯となっています
往路では碑を見落とし、砂防ダムより更に上流部まで進みましたが開拓された痕跡は全く不明でし た
帰路、砂防ダムの下流でようやくポイント を発見
一対のコンクリート製の門柱と思われる構 造物も残されていました 。右側の門柱はつる植物に覆われている状態です
右側の構造物には金属製と思われるフック状のものが残っています。墨書鮮やかに「中越尋常小学 校」の校名板が取り付けられていたもので しょうか
中越尋常小学校跡
大正六年六月智来別私設教育所設置
昭和十七年九月中越三十六番地に新築移転
平成二年十月 建立
上川町教育委員会
川の名は茅刈別川カ ヤカリベツガワで、開拓地はチカリベツとなっています。
国道に下りて遠軽方向に進むとパーキングエリアがあり、隣り合ってこちらにも中越小学校跡の碑 が建てられています
昭和四十年代にはこの周辺に商店、小学校、神社などもあり、地域全体としては数百名の人口を擁 していたようです
昭和四十一年にこの地から木工場が移転したのも衰退の大きな要因と言われていますが、当時「白 滝村からこの地に
乳牛を購入にトラックが交差するのも難しい道を越えた。」と山
崎家の澱粉工場跡でお世話になった山崎裕由氏が話
していましたから、農業地帯としても拓けていたと思われますわずかの人口を擁する天幕地域より更に山間のこの地域は
現在定住者皆無と思われます。国道に面したこの地はチカリベツ拓殖地跡と違い樹木に覆われて はいないので、
雑草化したルピナスが痕跡を伝えています。
昭和十七年チカリベツ原野より移転
昭和四十八年三月廃校
平成二年十月 建立
上川町教育委員会
石北本線
旧中越駅 第二次中越官設駅逓所跡の碑 中越官設駅逓所跡の碑
越路官設駅逓所跡は小土地らでご覧になれます。
平成24年9月22日 旧上川町立越路小学 校