北海道日帰り温泉の旅

 

 

 

 

 

平成24年8月19日

August 19, 2012

 

美瑛町 水沢アースダムの碑

 

町の年表によれば、昭和25年6月平和郷造田期成会創立となっていますから、一連のものなのでしょうが、今回の訪問では

現在のどの地区に灌漑がなされているのか確認できませんでした。

 

美瑛町水沢アースダムの碑

当美瑛原野地区は○もと陸軍演習地であったが昭和二十年緊急開拓地となり、以来復員軍人海外引揚者の入植が行われ

開拓者は平和郷建設の理想に燃え開拓に専念した。

然し耕地の不足と地力の低さとが営農の安定に大きな支障となっていたので昭和二十五年この地区の振興を図るため造田

事業が計画され昭和二十六年から北海道開発局により国営開墾建設事業としての調査が行われその結果灌漑用水を美瑛

川上流より取水することとなりその前提として下流地域の水量を確保するための補償用ダムの築造が必要であるところから

選択の末この地がダム用地に最適であるとして選定されたものである。このダムは地名に因って水沢アースダムと称されその

工事は昭和三十二年に着手し以来多数の技術者労務者の労苦と地元関係者の協力により昭和二十七年に完成し○

一方延三十五粁に及ぶ幹線水路も昭和三十九年に完成しここに開拓者の宿願であった四八三町歩の開田の基礎が定まった

のである

茲にこれを記念して碑を建てこの喜びを永遠に伝えるものである

 

 

 

 

 

水沢の沢沿いに造られていた耕地は荒れ果て、現在は丘陵に広い耕地が作られています。

    

 

   

美瑛町開拓の最初の鍬が入れられた旭から戦後開拓の歴史を持つ美瑛町の五稜へ

美瑛町 置杵牛開拓百年記念碑 旧置杵牛小学校

美瑛町 下宇莫別 本勝寺の洪水殉難者追悼碑

旭川市 旧就実小学校と就実開拓記念碑 美瑛町 横牛開拓百年碑

 

 

inserted by FC2 system